「一流大学に入れば勝ち組ルート」
「安定した会社に入れば一生安心」
「正社員なら将来は安泰」
「とりあえず辞めなければ何とかなる」
こうした言葉を、誰もが一度は信じてきたと思う。
正直に言うと、
自分もそうだった。
だからこそ今、はっきり言いたい。
それはもう、幻想になりつつある。というよりもはや幻想である。
安定を信じて頑張ったのに、なぜ苦しくなるのか
多くの人が感じている違和感は、だいたいこのあたりだ。
- 毎日ちゃんと働いているのに、将来が見えない
- 会社にしがみついているのに、安心感がない
- 辞めたいほど辛いのに「安定だから」と自分を説得している
この違和感の正体は、
「安定=安全」という前提が、現実とズレ始めていることにある。
そもそも「安定」とは何だったのか
少し昔までの「安定」は、たしかに合理的だった。
- 終身雇用
- 年功序列
- 会社が人生をある程度面倒見てくれる
言われたことをきちんとやっていれば、
生活は守られる仕組みがあった。
だからこそ、
学校教育もその前提で設計されていた。
戦後、高度経済成長期、平成初期くらいまでかな?(感覚としては)
学校教育が前提としてきた“安定モデル”
学校で評価されてきたのは、こんな力だ。
- 指示を正しく理解する
- ルールを守る
- 余計なことをせず、協調する
これは決して悪いことじゃない。
社会を回すには必要な能力だ。
ただし問題がある。
「自分で選ぶ」「疑う」「切り替える」訓練が、ほぼ存在しない。
正解がある世界に慣れすぎた結果
学校では、
- 問題には正解がある
- 正解は先生が持っている
- 正しく従えば評価される
この世界で20年以上過ごす。
ところが社会に出ると、
- 正解は存在しない
- 誰も責任を取ってくれない
- 自分で選んだ結果はすべて自己責任
このギャップで、多くの人が立ち止まる。
「ちゃんとやってきたのに、なぜか不安が消えない」
「安定を失う怖さ」だけが刷り込まれている
学校でも、会社でも、
繰り返し教えられるのはこれだ。
- 辞めたら終わり
- レールから外れたら危険
- 我慢できないのは甘え
でも逆に、
「居続けるリスク」はほとんど教えられない。
- 会社の業績悪化
- 40代以降の市場価値
- 心身を壊すリスク
これらは、
安定を信じ続けた先で、突然現れる。
会社にとっての「安定」と、個人の安定は違う
ここは冷静に見たほうがいい。
会社側の視点では、
- 利益を出せる人材が正義
- 代替できる人は入れ替える
- 個人の事情は基本的に二の次
これは冷たい話じゃなく、
組織としては当然の判断。
だから、
会社が安定している = 自分も安定している
とは限らない。
そもそも「仕事」とは誰のために、何のためにあるのか。
この視点を整理しないと、安定の正体も見えてこない。
→学校では教えてくれなかった「仕事とは何か」
本当の意味での「安定」とは何か
じゃあ、安定って何なんだろう。
それはおそらく、
- 一つの会社に依存しない
- 環境が変わっても動ける
- 選択肢を複数持っている
こうした状態のことだと思う。
辞めなくてもいいし、辞めてもいい。
この余白こそが、本当の安定だ。
安定を疑うことは、逃げじゃない
安定を疑うと、
- 弱い
- 根性がない
- 甘えている
そう言われがちだけど、違う。
むしろ、
自分の人生を自分で引き受けようとしている行為だ。
それでも多くの人が「分かっていても動けない」。
そこには、誰にでもかかる心理的なブレーキがある。
→仕事を辞めたいのに辞められない理由と心理
学校では教えてくれなかったが、大人になると避けられないこと
誰も教えてくれなかったけど、現実はこうだ。
- 会社は守ってくれないかもしれない
- 頑張り続けるだけでは詰むことがある
- 何も考えずに続けるのが一番危険
だからこそ、
今のうちに一度立ち止まって考える価値がある。
「頑張ればいつか報われる」という考え方も、
安定という幻想を支えてきた一つの要素かもしれない。
→努力は本当に報われるのか?
まとめ:安定を疑える人から、自由に近づく
安定を信じて頑張ってきた人ほど、
この話は少し苦しいかもしれない。
でも、
「このままでいいのか?」
そう思えた時点で、
あなたはもう思考停止していない。
学校では教えてくれなかったが、
安定は与えられるものじゃない。作るものだ。
その一歩として、
まずは「安定」という言葉を疑ってみてほしい。



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