不安になりやすい性格だった
私は昔から心配性だ。
仕事のこと。
家族のこと。
お金のこと。
将来のこと。
何か一つ気になることがあると、頭の中で何度も考えてしまう。
しかも厄介なのは、考えたところで答えが出ないことが多い。
まだ起きてもいない未来のことを心配しているからだ。
それでも考えてしまう。
そして疲れる。
そんなことを何度も繰り返していた。
不安は頭の中で増殖する
不安を抱えている時の頭の中は面白い。
最初は小さな不安だったはずなのに、考え続けるとどんどん大きくなる。
例えば仕事。
「次の案件どうなるだろう」
から始まる。
すると、
「条件が悪かったらどうしよう」
「リモートじゃなかったら?」
「収入が下がったら?」
「将来大丈夫かな?」
と話がどんどん膨らんでいく。
気付けば最初の不安とは別物になっている。
まるで雪だるまのようだ。
転がすたびに大きくなる。
感情を記録するようになった
そんな自分を変えたかったわけではない。
むしろ、自分が何を考えているのか知りたかった。
そこで始めたのが感情の記録だった。
嬉しかったこと。
悲しかったこと。
腹が立ったこと。
そして不安だったこと。
その時の気持ちをそのまま書く。
たったそれだけだ。
書くだけで解決するわけではない
ここは誤解してほしくない。
感情を書いたからといって、不安が消えるわけではない。
問題が解決するわけでもない。
案件が決まるわけでもない。
悩みがなくなるわけでもない。
でも変わったことがある。
頭の中だけで抱え込まなくなった。
「自分」と「感情」の間に距離ができた
記録を続けていて気付いた。
不安を書き出すと、不思議と客観視できる。
頭の中にある時は、
「私は不安だ」
だったものが、
書いた瞬間に
「今、自分は不安を感じている」
になる。
ほんの少しだけ距離ができる。
たったそれだけなのに大きかった。
感情そのものになるのではなく、感情を眺められるようになる。
そんな感覚だった。
数日後に見返すと面白い
記録を続ける中で好きになったのが振り返りだ。
数日前の記録を見る。
すると面白いことに気付く。
当時は本気で悩んでいたことが、今では解決していることがある。
「あの時あんなに心配していたのか」
と思うこともある。
もちろん本当に大変なこともある。
でも意外と多くの不安は、時間が解決してくれている。
それが記録として残ることで見えるようになった。
不安がなくなったわけではない
今でも不安になる。
子どものことでも不安になる。
個人開発でも不安になる。
将来のお金も不安になる。
たぶんこれからも不安はなくならない。
でも以前より飲み込まれなくなった。
それだけでも十分大きな変化だった。
ココログを作った理由
感情を記録する習慣を続ける中で思った。
同じように不安を抱えている人はたくさんいるのではないか。
だから私は感情を記録するアプリを作ることにした。
名前は「ココログ」。
感情を整理するためではなく、置いておくためのアプリだ。
解決するためではない。
無理に前向きになるためでもない。
ただ、その時の気持ちを残しておく。
そんな場所があってもいいと思った。
おわりに
感情を記録したら不安が減った。
そう言うと少し語弊がある。
正確には、不安と距離を置けるようになった。
不安は悪者ではない。
なくすべきものでもない。
ただ、近すぎると苦しくなる。
だから少しだけ離して眺めてみる。
私にとって感情の記録は、そのための手段だった。
もし今、頭の中が不安でいっぱいなら。
まずは誰にも見せない前提で、今の気持ちを書いてみてほしい。
解決しなくてもいい。
整理できなくてもいい。
ただ書くだけでも、少し景色が変わるかもしれない。


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