失敗って、
できれば忘れたいものだと思う。
恥ずかしかったこと。
うまくいかなかったこと。
後悔していること。
思い出すだけで少し苦しくなること。
できることなら、
綺麗さっぱり忘れてしまいたい。
昔の自分も、
そう思っていました。
でも不思議なことに、
忘れたいと思った失敗ほど、
なかなか頭から離れてくれませんでした。
失敗は、“なかったこと”にはできなかった
学生時代もそうでした。
仕事を始めてからもそうでした。
人間関係。
仕事のミス。
言わなければよかった一言。
やらなければよかった行動。
誰にでもあるような失敗なのに、
なぜか自分だけずっと覚えている。
夜になると急に思い出したり。
お風呂に入っている時に思い出したり。
何年も前の出来事なのに、
急に頭の中に出てきたりする。
忘れようとしても、
消そうとしても、
完全にはなくならない。
そんな経験が何度もありました。
成功体験より、失敗の方が覚えている
面白いことに、
成功したことよりも、
失敗したことの方を覚えていることが多い。
もちろん成功体験も大事。
でも人って、
失敗の方が感情が強く動く。
だから記憶にも残りやすい。
そして、
「もう思い出したくない」
と思うほど、
逆に頭の中に残り続けたりする。
昔の自分は、
「こんなこといつまでも気にしている自分がおかしいんだ」
と思っていました。
でも今は少し違います。
失敗を覚えていること自体は、
そんなにおかしなことじゃないのかもしれない。
そう思うようになりました。
ネガティブな感情にも居場所があっていい
世の中には、
- ポジティブに考えよう
- 前向きに生きよう
- 失敗は成長のチャンス
という言葉がたくさんあります。
もちろん、
そういう考え方に救われることもある。
でも正直、
「今はそんな気持ちになれない」
そんな時もあると思うんです。
失敗して落ち込んでいる時。
傷ついている時。
悔しい時。
そういう時に、
無理やり前向きになろうとすると、
余計につらくなることもある。
だから自分は、
ネガティブな感情にも居場所があっていい
と思っています。
残すことは、引きずることとは違う
昔は、
記録する=引きずる
だと思っていました。
でも実際は逆でした。
頭の中だけで抱えていると、
同じことを何度も考えてしまう。
でも書き出してみると、
「今はこう感じているんだな」
と少し距離を取れることがある。
もちろん、
書いた瞬間に解決するわけじゃない。
でも、
感情を外に置く
感覚にはなる。
それは、
忘れるためではなく、
抱え込みすぎないための記録だったのかもしれません。
心理学を学んでいて感じたこと
大学では心理学を学びました。
当時は、
いじめの問題や、
人が苦しむ理由みたいなものに興味がありました。
でも卒業してから気づいたのは、
人って意外と、
「どうやって感情と付き合うか」
を教わらないまま大人になるということでした。
勉強は教わる。
仕事も教わる。
でも、
落ち込んだ時どうするか。
不安な時どうするか。
失敗した時どうするか。
は、
意外と教わらない。
だからみんな、
自分なりに何とかしながら生きている。
そんな気がしています。
ココログ-KokoLog-の原点
今、私はココログ-KokoLog-というアプリを開発しています。
ココログ-KokoLog-は、
失敗を反省するためのアプリではありません。
自分を責めるためのアプリでもありません。
どちらかというと、
「そう感じていたんだな」
を残すためのアプリです。
嬉しかったことも。
悲しかったことも。
失敗したことも。
全部含めて、
その時の自分だった。
だから、
無理に消さなくてもいい。
無理に前向きにならなくてもいい。
まずは、
そっと置いておく。
そんな場所があってもいいんじゃないか。
そう思ったのが、
ココログ-KokoLog-を作り始めた理由です。
最後に
失敗は、
できればしたくない。
でも人生から完全になくすこともできない。
だからせめて、
失敗した自分まで否定しなくていい場所
があったらいいと思っています。
ココログ-KokoLog-は、
そんな思いから生まれました。(まだ世には出せてないですが。)
感情を整理するためというより、
感情に居場所を作るために。
そして、
失敗を消すためではなく、
少しだけ優しく眺められるようになるために。
これは今までの記事の中でも、
かなり「ココログの原点」に近い記事だと思う。
将来アプリが大きくなった時に読み返しても、
「あの時こう思ってたな」って振り返られるようなものになったかな。
大きくなーれー
というか使ってみて日々の生活が少しでも楽になる人がいると嬉しいのだよなぁ。


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